大学の意義について

大学の存在意義に関して思うところがある。

 

まず、講義のレベルが非常に低い。

もちろんそれで助かることも多々あるのだが、退屈だが教室から脱出できない講義も多々有る。非常に辛い。

 

語学の再履修など、レベルがある程度低いことが予想される場合には仕方ないと思うが、この講義は難解で学習をしっかりしないと単位認定ができませんという講義で退屈な講義をされるのは辛い。

 

一度目にわからないと感じた講義ではその後必ずノートを見返して最低限調べる努力をしているし、可能な限り参考文献、参考テキストを読み込む努力をしている。

 

それが当たり前とは言わない。しかし、そうやって得た疑問点を解決する機会を講義の際に質疑応答を設けることによって解消させたり新しい着想を得たり、他の学生の理解を促したりといったことが重要なのではないか。

 

取っ掛かりの講義だ!と思って講義を履修することが非常に多いが、興味が持てると考えた分野であまり深くまで学ぶことができないというのは残念だ。

 

また、前々から不思議に思っているのが、大学を卒業のためにいく必要性に関して企業の側から大きなメリットとして見いだせないのではないかということだ。

 

能力は面接と学歴を見ればいい。

本気で講義に取り組めたかを見るならばGPAのような成績指標を見るべきであろう。

 

企業側の安く、労働集約的に使える汎用人材が欲しいという考えが透けて見えるような気がする。

 

スペシャリストとしてどんな人間が欲しいかという視点で見ていないのでぼんやりとして無個性な就活戦争になるのだろうと思う。

 

エンジニアであればGithubにコードがあるのでそちらを見てくださいとか、OSSに貢献しましたとかそういう観点から入社を狙えると思うのだがあまりそういった形で入社戦略を練ろうという人材は少なそうであるし、企業側もそういった戦略を求めている印象はない。

 

観測してる場所の問題や理系文系学部などの違いもあるが、とことんまで突き詰めることができたものに関して企業側にアピールすることが無個性な就活に劣るとも思えない。

 

就職に関して自分はそういった戦略を取るつもりであるし、面白そうな企業があればインターンなどにも参加したいと思っている。

 

大学としてそういった役割を果たせないのならば似たような考えを持っている大学生や社会人を集まる場を作る努力をすべきだろう。

 

大学生という立場を得ながらに、自分の知識欲を十全に満たせないことには虚しさを覚える。

 

追記(2017/04/20 16:37)

やはり名門大学というのは学生の地道な努力と旺盛な知識欲によって下支えされているのかもしれない。